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狂いの家系

君の家系で精神を病んだ人はいますか?

40代後半とおぼしきその面接官は、
面接の最後に、そう尋ねた。

これは、まだ、 私がアルバイトで生計を立てていた頃のことだ。
確か27歳の頃だったと思う。

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バブル最盛期に、
転職先がいくらでもあったことをいいことに、
23〜25歳にかけて私は、5回ほど転職を繰り返した。

短いものでは、わずか3ヶ月という会社もあった。
しかも、大学卒業後、最初に勤めた会社だ。

当時は、「ニューオフィス」という言葉が反乱していた時代で、
オフィス家具(オフィス・ファニチャーともいう)
(オフィスにある机、いす、キャビネットなどのことだが)
は売れに売れていた。

美しいデザインのしかも、人間工学を徹底的に応用した
「エルゴノミクス形状」のイス、机、そして文具、

パソコンのモニターに光を当てすぎないように工夫された照明、

部署毎、あるいは、個人毎のスペースを区切るパーティション、

オフィス家具とのバランスを壊さないように、
落ち着いた色調で塗装された室内壁面。

これらが醸し出す未来的雰囲気を
総合的にプロデュースし提供する企業。

大学の研究室の灰色の事務机しか知らなかった私は、

未来的オフィス空間、
未来的オフィス環境

という魅力的な言葉がちりばめられた
会社案内、人事担当者の説明によって
完全にマインドコントロールされてしまった。

トータル・プロデュース
トータル・サービス

これは、バブルの時代に、会社案内の説明で、
最もよく使われたキーワードであり、
私を含め多くの学生の人生を惑わせた諸悪の根元である。

要するに、「なんでもしまっせ!」 ということなのだ。

さて、 入社後の集合研修(3ヶ月間隔離された)の間に、
その実態は、ただのルートセールス、
もしくは下請けに近い業態であることが判明した。

(その時点になって、自分の仕事の内容を理解する事自体が、
 私の不徳とするところでお恥ずかしい限りなのだが、
 それは、世間知らずの新卒。
 これが現実なのかもしれない。)

私は、研修の大部分が終了する頃に、
ひとり、合宿所をこっそり抜け出し、
会社に直接行って、辞表を提出したのだった。

私は、小さな会議室に軟禁され、
○○事業本部長という役職クラスが2人も出てきて
人事課長、教育責任者
(合宿所から急きょ呼び戻されたらしい。合掌)
の4人によって壮絶な引き留めが行われた。
それほど、当時は人手不足、売り手市場だったのだ。

「今年度は、もう人事配置が決まってしまったので、
 今年度だけは我慢して欲しい。
 来年度は、西塔君の好きな部署に配属させてあげるから
 考え直してくれ。」

今ならば、絶対に聞くことができない台詞だ。

「君は、我が社に入社したのも何かの縁に違いない。
 『』というのは、君が思うよりもはるかに大事なもので、
 切っても切れないつながりなんだ。
 それを大事にした方が
 君の将来のためになるんじゃないかな?」

ふっ、私は、その「悪縁」を断ち切りたいから、
今、こうして、この場に来ているんだよ。
ヤマトの諸君!

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バブルが崩壊すると、
それまで売り手市場だった転職市場は
一気に氷河時期に突入した。

求人が全く無かった訳ではない。
朝日新聞の日曜の求人欄を見ると、
どんな時期でも最低1ページ分の求人はある。

私が興味を持っていた、マーケティング業界の求人記事も
会社の規模の大小さえ選べなければ、
毎週のようにあった。

年齢的にも30歳までとなっており、
求人の条件はほとんど満たしていた。
当然、毎週のように、履歴書を書きポストに投函した。

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だが、25歳の終わり頃に市場調査会社を辞めてから、
全くと言っていいほど、面接にまでたどり着けなくなった。

書類選考の段階で落とされるのだ。

わずか3年で4回の転職。

そんな奴を一体、誰が採用したいと思うだろうか?

しかも、マンモスも凍る位の就職氷河期。
今思えば、
面接のステージまで行けた会社がいくつかあった
ことの方が奇跡的だ。

履歴書というものは、
4つも転職すれば、記入欄が足りなくなる。

私は、最初のうち、
2枚の履歴書の1枚目にだけ写真を貼り、
ホチキス止めして送っていた。
反応は全く無かった。

やはり、履歴書が2枚では悪印象をもたれると思い、
小学校、中学校、高校の入学年を省略して、
なんとか、履歴書1枚に収まるように工夫した。
卒業の年さえ書いてあればその前後からわかるから、
不要であると判断したのだ。

それでも反応は無かった。

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そのうち、転職した会社の名前を
履歴書に全て書きつらねることの馬鹿正直さに気付いた。

書かないとしたらどれがいいだろう?

そうだ!
わずか3ヶ月という最短記録を持つ、
最初の会社が最適だろう。
大学卒業後の3ヶ月間は、
アルバイトをして生活していたことにしよう。
(良い子の皆さんは、絶対にマネしないように!  
 これは、私文書詐称という立派な犯罪行為です。
 私も、後に悔い改めて止めた。)

転職回数が4回から3回に減ると、
面接まで行けることが若干増えた。

だが、面接で仕事の内容を詳しく聞いているうちに、
いつも、
それが自分にとって理想の職業(職場)ではない
ことがすぐにわかってくる。

急成長の企業、業界を除いて、
氷河期でも求人を行うのは、
余程入れ替わりの激しい企業しかない。

大抵は、業務内容が死ぬほどきつかったり、
残業が死ぬほどあったり、
何らかの理由で社員が大量に一斉に辞めたところだった。

仕事がきつい、
残業が多い。

これは、当時私が一番避けたかったことだ。

自分の自由時間が欲しい。
好きな音楽に打ち込めるだけの
時間的、精神的余裕が欲しい。

私が、4つ目の会社を辞めた理由がそれだった。

私を可愛がってくれた直属の上司も、
悲しそうな顔をして、引き留めるのを諦めた。

死ぬほど忙しい会社しか、求人を出さない、

という社会の仕組みに気付かないほど、
それ程、私の認識は甘く、幼かった。

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こうして、私は、
26〜27歳の間、就職できずに、
2年間近くをアルバイトをして、生計を立てざるを得なかった。

ちょうどその頃から、
フリーター」という言葉が流行りだした。

フリーターとは、フリーアルバイターの略。
リクルートによる造語だ。

自分の夢、目的、目標をかなえるために、
特定の職業につかず、
単なる生活の糧を稼ぐ手段としてアルバイトをする人。

「労働者階級」を表す言葉で、
いまだかつて、これほど、

なんとなく格好良い響きがあり、
自分の無力さを正当化できる

便利な言葉がそれまであっただろうか?

だが実際は、
大抵の自称フリーターは、

自己弁護をしているだけの ただの失業者

に過ぎない。

私は、
自分をフリーターだとは思わったことは一度も無いし、
自分の立場をかっこいいものだとも思わなかった。

格好悪い、ただの「失業者」にすぎない

と位置づけていた。

アルバイトは就職するまでの、飢えをしのぐ生活の糧だった。

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約2年間のアルバイト生活。

運良く、パソコンを使ったデスクワークの仕事のありつけた。
今度は、アルバイト先を次々に変えるようなことはしなかった。

そもそも、私は環境の変化が嫌いだ。

環境の変化に対して気を使うエネルギーがあるのなら、
自分の好きなことに使った方が良いと考えていた。

それならば、
最後の会社を辞めるべきでは無かった。
転職したとしても余り繰り返さずに、
途中のどこかの会社で我慢するべきだった。

そう思われる方は多いだろう。
全くその通りだ。

私も、アルバイトという労働者階級になって初めて、
安定した正社員(永久的に安定している訳ではないが)
の良さを実感したのだった。

言い訳するとしたら、

若気の至り

そう、私は若かった。

若い内の失敗は、全て 「若気の至り」 の一言で説明できる。

実に便利な言葉だ。
そして、救済の言葉でもある。

みなさんも、
若かりし時の過ちを人から責められたら、
若気の至りでした。
ただ一言、そう言えばいい。

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さて、冒頭のショッキングな問いは、
アルバイト時代にある会社で面接を受けた際に
私に対して投げかけられた言葉だ。

帰宅途中の電車の中で、
4月から私の部署に配属される男性社員
(専門学校卒だから20歳。若過ぎるぞ!)
に与える業務を考えていると、

記憶の彼方に忘れ去った昔のことが、
突然、脳裏にフラッシュバックしてきたのだ。

君の家系で精神を病んだ人はいますか?

転職回数の多い私の履歴書を見た面接官は、
どんな意図で発言したのだろう?

正直言って、 こう言われた瞬間、
全身の血が頭に上ったことは確かだ。
今風に言うと「キレる」寸前状態になった。

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「君の家系で精神を病んだ人はいますか?」 とは、

◇ 君は精神を病んでいるのではないか?

◇ いつも周りの人と何かトラブルを起こして
  どの会社も辞めているのではないか?

◇ 我慢するということができない
  何か精神的な疾患を抱えているのではないか?

という問いかけとほぼ同じと考えて良いだろう。

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確かに、
多少は、こらえ性が無かったのかも知れないが、
それは、いくらでも仕事があったバブル時代のこと。

宝くじを当てた貧乏な人が、
あっという間にお金を使い果たしてしまうのと同じで、
世間知らずの私にとっては、無理もなかったと思う。

それに、私ほどの回数ではないにしても
何回か転職を繰り返した人は、
当時、結構いたのではないだろうか?

それだけ、転職ブームに沸いた時代でもあった。

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まあ、ここでキレてしまったら、大人げない。

私は、平静を装って、笑いながら、明るく振る舞った。
「あはは、そうですか〜。別にいませんけど。。。」

アルバイトという下積み生活が、いつの間にか、
私の忍耐力を鍛えていたのだった。

後で内定をもらったが、断ったことは言うまでもない。

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それにしても、今、思えば、残念なことをした。

あの時、もっと気の利いたセリフを言えば良かった。

「君の家系で精神を病んだ人はいますか?」

 ↓↓↓

「います。  どうしてわかったのですか?  

 実は、
 父が、アルコール中毒で暴力を振るうので、
     施設に入院させています。
 母は、ノイローゼ気味で先月、自殺未遂を。。。
 兄は、ピンクの象さんが見えるって言っていますし、
 弟は、自分がキリストの生まれ変わりだと信じています。

 そして、私の夢は、地球を征服することです。」

 

P.S.最後の「地球征服」は本当だ。

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極楽座連載エッセイ「設計図」第42回テーマ
「狂いの家系」
流音弥(2002年2月16日)より
加筆(2002年3月9日)

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