回る寿司、回らない寿司
今日、骨折以来初めて、寿司を食べに行った。
といってもいわゆる「回る寿司」だが。
私は元来、大の寿司好きで
1ヶ月に1回は寿司を食べないと禁断症状で死んでしまう
という特異体質だ。
思えば、ちょうど今日で、
骨折してからほぼ1ヶ月経ったことになる。
前回寿司を食べてから
1ヶ月半は経過しているのではないだろうか?
私は、この2週間ほど
骨折による苦痛と行動の制限への欲求不満、
そして、寿司の禁断症状で、
イライラが蓄積し爆発寸前になっていた。
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食物が人の心理に与える影響は大きい。
私は特に子供の頃からその傾向があった。
私の機嫌が悪いときは、旨いものを食べさせればいい。
私の家族は私の扱いを十分に心得ていたようだ。
どんなに機嫌の悪い女性でも、
甘いケーキやお菓子を食べさせれば一発で機嫌が直る。
確か、太宰治が小説中でこんな事を書いていたような気がする。
私は女性では無いが、あんこ系の和菓子には目が無い。
毎年、母方の田舎で作る巨大なぼた餅を、
子供の時に9個も平らげたという伝説が残っている。
コンビニで売っているような小さなぼた餅ではない。
テニスボール大で、あんこがたっぷり付いたぼた餅。
毎年、新記録更新を目指したが、
9個の壁を超えることは結局できなかった。
さすがに、成人した今では、味覚が多少変わって、
甘い物を一気にたくさん食べることはできなくなってしまった。
それでも、時々、無性に甘い物が食べたくなって、
大判焼き(太鼓焼きともいう)や鯛焼きを
6個ほど買ってきて、2食に分けて堪能することがある。
その結果、3ヶ月位は甘い物を見たくなくなるが。。。
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さて、甘い物を卒業した私が、
ターゲットにしたのが、寿司だ。
さすがに、
普通の「回らない寿司」に行くとお金がかかるので、
行くのは大抵、「回る寿司」だ。
「回らない寿司」でも、安い店が無い訳ではない。
だが、「雛寿司」のような食べ放題の所にも行ったことがあるが、
残念ながら、余りおいしいと感じなかった。
値段の為に、ネタの質を落としているのかもしれない。
また、数人単位で行かなければ予約できないという不便さもある。
私が寿司を食べに行く場合は、大抵1人だ。
誰かと一緒に食事に行けば、
その人としゃべらなければならないので、
(話さなければならないという強迫観念があるのだ)
味への集中力が散漫になり、
寿司の味を十分に堪能することができないのだ。
これでは、せっかくの寿司が台無しだ。
特に、会社の上司や同僚と寿司を食べに行くべきではない。
相手に気を使ってしまうからだ。
と言う訳で、私はいつも寿司を1人で食べに行く。
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ところで、「回らない寿司」という所は、
残念ながら、1人では入りにくいという面がある。
なぜか、アベック(今時の表現では、カップルというべきか)や
男2人連れが多かったりする。
飲み屋に1人で入りにくいのと一緒だ。
1人では、肩身が狭いのだ。
また、 常連客がいたりして、
いかにも自分の馴染みの店だというような態度が
実に、鼻持ちならない。
やたらにお客に話しかけてくる板前も嫌だ。
私は、寿司を食べに行くのであって、
板前と話をしに行く訳ではない。
この魚がどこで採れたかなど、どうでもいい。
ようは、味わっておいしければいいのだ。
自分の身の上や職業を話したくもない。
どうして、人は、食べ物のうんちくを語りたがるのだろう。
どうして、食べ物に物語を求めるのだろう?
余計な知識は、食べ物への味覚を麻痺させる。
余計な事は、何も聞くな。
とにかく、まず、自分の舌で味わってみろ!
こんな無口で頑固な板前のいる店なら
是非、行ってみたい。
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なかなか、理想的な「回らない寿司」に出会えない私は、
選択肢として、
手軽で、安くて、1人でも入りやすい
「回る寿司」を選ばざるを得ない。
だが、「回る寿司」でも、雰囲気的に入りにくい店がある。
また、値段が安くても、ネタが小さかったり、まずかったりして、
「安かろう、悪かろう」の店が多い。
私は、帰宅途中のターミナル駅の周辺で、
「ネタ・シャリがおいしい」
「1人でも居心地が良い」
「それでいて、値段も手頃」 →必ずしも、安くなくても良い。
という条件を満たす「回る寿司」をくまなく探し歩いた。
「回る寿司」のガイドブックも何冊も読んだ。
そして、ついに、これらの条件を全て満たす、
ある「回る寿司」に出会うことができた。
この4年間は、他の「回る寿司」には1度も行ったことが無い。
私は、いい店を見つけたら、ずっとそこに通い続ける方だ。
さらに別のいい店を見つけ出そうとして冒険して、
いくつものまずい店を経験するというリスクを負うよりも、
味やサービスが確実に期待できる、
行きつけの店で食事をした方が安心でき、
結果として満足度が高い。
ある意味では私は、保守的だと言えるだろう。
だが、もともと、
いったん、1つの味が好きになれば、
ずっと食べ続けても飽きない
という私の特性を考えれば、
それはそれで十分なのかもしれない。
私は、「グルメ」でも「美味しんぼ」でも無いのだ。
残念ながら、
この「回る寿司」の店名を、この場で明かすことはできない。
その結果、さらに店が混むようになったら、私が困るからだ。
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さて、とにかく久しぶりに、行きつけの「回る寿司」に行った。
火曜日の夜8時という時間帯は、空いていて気持ちいい。
駅からやや離れているという立地もその原因だろう。
それでも、土日祝日の混み具合ときたら、大変なものだ。
後ろに何十人も行列になって、最大30分待ちだろう。
食べる方も、じっと後ろから見られている状態で、
味など分かるのだろうか?
私は、どんな飲食店でもそうなのだが、
左右のすぐ隣に人が座るのが嫌いだ。
体がぶつかったりするし、
クチャクチャ音を立てて食べる不快な音が聞こえたりする。
また、隣の人の動作によって、
食事を味わうための集中力が妨げられる。
「ものを食べるときは、口を開けながら噛むな〜!」
だから、「回る寿司」であっても、
一番空いている時間帯を狙って行くことにしている。
今日も、空いていて、板前さんがマンツーマンで握ってくれる。
こんな贅沢ができるところが、この店のいいところだ。
既にターンテーブル上で回っている寿司は、
乾燥しているはずなので、私は絶対に手は出さない。
ターンテーブル上の寿司をとるのは、
板前が目の前で乗せたばかりの作りたての寿司だけだ。
私は、寿司を注文する時は、3種を同時に頼む。
2種だとあっという間に食べ終わるし、
別の種類を頼む時に、板前が遠くに離れていたりして、
戻ってくるまで待たなければならない場合があるからだ。
左右の席が空いていれば、
3枚の皿をテーブルに広げることもできる。
これが、私が空いている時間を狙う大きな理由の1つでもある。
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私が食べるネタは決まっている。
マグロ、中トロ、ハマチ、ブリ、サーモン、
カツオ、カジキ、アジ、サバ、イワシ、コハダ、
アナゴ、ウナギ
である。
玉子焼きやウニやイクラ、貝類は食べない。
せっかくお金を出して寿司を食べるのに、
魚以外のネタを食べることに意味があるのだろうか?
まれに、イカ、エンガワ、シャコを食べることもあるが、
せいぜい口直しの為といった所か。
タコは、正月に酢ダコを死ぬほど食べるので、
わざわざ寿司で食べたいとは思わない。
アナゴとウナギは、
食べると元気になるような気がするので、
必ず食べるようにしている。
実は、私が大阪に出張する時に、
新幹線の中で食べる弁当がいつもアナゴ弁当なのだ。
マグロは絶対に欠かせない寿司ネタである。
マグロを食べなければ
寿司を食べる意味がないとさえ言えるだろう。
従って、私の寿司ネタの構成は必ず、
マグロを中心にしてローテーション構成されるのだ。
マグロ→ハマチ→アジ→アナゴ→
→マグロ→サーモン→イワシ→カツオ→
→マグロ→サーモン→サバ→カジキ→
→マグロ→ブリ→コハダ→ウナギ→
→中トロ
といった感じか。。。
○ アナゴとウナギが第1クールと第4クールに含まれること。
○ 光り物が必ず1クールに1つは含まれること。
に注目して欲しい。
そして、最後の締めが「中トロ」だ。
この瞬間に私のエクスタシーが絶頂に達するように
全ての寿司ネタが計画的に構成されているのだ。
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わずか、2千円強で、
これだけ楽しめる食事があるだろうか?
楽しめるというのは、味だけではない。
選ぶ寿司ネタ、それを食べる順番は人によって異なる。
つまり、個性がここに出る訳だ。
通常は、食べる側には何ら創造性は要求されないが、
寿司においては、
自分なりのオリジナリティを発揮することができる。
もちろん、バイキングや居酒屋等で
いろいろな料理を頼む場合にも、
オリジナリティが無い訳ではない。
だが、それらは料理の種類が異なるため、
料理の間に主従関係が存在するのだ。
例えば、スパゲティとサラダを同列に扱うことはできない。
一方、寿司は味の違いはあるが、
それらの間に主従関係は無い。
全くの平等なのだ。
それらの互いに平等な関係を持つ要素(寿司ネタ)を
組み合わせることによって、
さらに順番を考慮することによって
何百万、何千万ものパターンが存在する。
私自身、料理の分野について
余り詳しくは無いので断言はできないが、
それ自身が主食であり、なおかつ、
互いに対等である多種の単品料理を
自由に食べる者が選択し、
順番に組み合わせて
食べることができる料理は、
世界において「寿司」だけなのではないだろうか?
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もう既にお分かりだとは思うが、
「回る寿司」とは、「回転寿司」のことだ。
「回らない寿司」とは、「普通の寿司屋」のことをいう。
なぜか、最近は、「回転寿司」とは言わずに、
「回る寿司」と呼ぶ人が多い。
回転寿司=安い=まずい
という偏見があるからだろうか?
「回る寿司」と言った方が、ちょっとおしゃれな感もする。
最近は、「回る寿司」でも、おいしい店が増えてきている。
そうしないと、客を集められないからだ。
どんなに安くしても、まずければ客は来ない。
まずは、「回らない寿司」と殆ど見劣りしない味を実現し、
さらに手頃な値段を設定できれば、
「回る寿司」にはまだまだ、成長する余地があると思われる。
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さて、「回る寿司」の「回る」には、2つの意味がある。
回る(廻る)
(1)物体が、ある点や軸を中心にして、
円形の軌跡を描くように動く。回転する。
(2)物の周囲に沿って円を描くように動く。縁を伝う。
(大辞林第二版より)
(1)は、回転であり、
(2)は、周回である。(周回軌道の周回)
ここで、注目して頂きたいのは、
「回転寿司」における寿司の動きを考えると、
「周回寿司」という表現の方が
より正確に寿司の動きを表していると言えることだ。
だが、「周回」という
「聞き慣れない」「難しい言葉」を誰が使うだろう?
そこで、「周回」の意味も表す「回る」が使われるようになり、
「回転寿司」 →「回る寿司」となった
と考えるのには無理があるだろうか?
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関連サイト
回転寿司占い
http://kodansha.cplaza.ne.jp/uranai/sushi/index.html
すしことば
http://www.ut-info.com/susi/
寿司リンク集@健康ナビ
http://www.kenkounavi.net/site/sushi.htm
築地リンク集@健康ナビ
http://www.kenkounavi.net/site/tsukiji.htm
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流音弥
2002年4月16日







