真冬のゲリラ戦
数年前のある冬のことだ。
朝起きて珍しく出社までに時間があったので、
ちょうど喉も渇いていたので牛乳をコップ一杯飲んでから
家を出た。
最寄の駅から電車でターミナル駅に着き、
そこから会社へ一本となる電車に乗るために
駅のホームの長い列の後ろに並んだちょうどその瞬間、
私の下腹部がゴロゴロと鳴り出した。
うっ!
しまった。
出がけに飲んだ牛乳がいけなかった。
しっかり冷蔵庫で冷えていたというだけでなく、
その日は、とても冷え込んでいて、
私の下腹部にも外気の冷たさが
間接的に感じられる程の寒さだった。
さて、どうしたものか。。。
このまま電車に乗ったら最後、
もし、途中で便をもよおしたくなったら、
次の駅まで耐えることができるだろうか?
今はちょうどラッシュの時間だ。
たとえ、次の駅まで我慢できたとしても、
その駅のトイレが満員かもしれない。
いや、それ以前の問題として、
トイレが見つからないかもしれない。
となると、このまま電車に乗れば、
100%の確率で人前で大便を漏らすという
大惨事を引き起こすことになるだろう。
電車の中で漏らせば、車内は大パニックとなり、
我先に逃げようとする人々の混乱によって、
将棋倒しとなり、
その下敷きになった人が圧迫死することも十分考えられる。
フッ!
私のウンコによって、結果的に人が死ぬのだ。
ウンコで人が死んだ場合、罪はどれ位になるのだろう?
少なくとも、私は、これからの人生、
殺人者として一生十字架を背負って
生きて行かなければならないのだ。
また、「殺人者」としてだけではなく、
「ウンコたれ」のレッテルも背負っていかなければならない。
だが、私は、
「ウンコたれ」と呼ばれるくらいなら、
「人殺し」と呼ばれる方がずっとましだ。
「ウンコたれ」という言葉ほど、
人間の尊厳を、プライドを傷つける言葉は無い。
残念ながら、この日本には、
「人間、万事、ウンコたれ!」
というような、ウンコたれを美化する文化は無い。
一度、ウンコを漏らしたら最後、
その後、二度とウンコを漏らさなくても、
「ウンコたれ」のレッテルの効力は永遠に不滅なのだ。
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という訳で、「ウンコたれ」にならないためにも、
ここは大事をとって、
すぐにでも、近くのトイレに駆け込んだほうが良い
という結論に達した。
たとえ会社に遅刻して上司に怒られても、
クライアントとの待ち合わせに遅れて仕事を逃しても、
「ウンコたれ」だけは絶対に避けなければならない。
私は、すぐにホームから階段を駆け下り
そのターミナル駅の大きなトイレに駆け込んだ。
だが、まさにラッシュタイム!
大便の方のトイレの前には10人以上並んでいる。
私の番が来るまで2、30分はかかるだろう。
そして、それまでには、100%の確率で
ウンコ地獄が展開されることとなるだろう。
待っていられない。
私には、自分自身の尊厳とプライドを
守る抜く権利と義務があるのだ。
次に私は、最寄駅からの終点駅の改札口に飛び込み、
トイレに駆け込んだ。
ここなら、少しは空いているだろう。。。
うおぉ〜。
いつもは、このトイレは空いているのにぃ、
なんで今日に限って混んでいるんだ〜。
もう、駅のトイレはあきらめた方がいい。
駅の外でどこかトイレのある飲食店を探すしかない。
だが、まだ8時。
こんな時間にやっている店、あったっけ?
ファーストフード、喫茶店、それから、それから。。。
こんな事になるなら、
駅周辺のお店を把握しておくべきだった。
いや、それ以前の問題として、
朝に、しかも寒い朝に、
とびきり冷えた牛乳を飲むべきじゃなかった。
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また、店が開いているかどうか以外に、
もう一つ問題がある。
その店のトイレが使用中の可能性は十分考えられる。
私のような者が他にもいるかもしれないし、
普通の客だって、朝に大便くらいするはずだ。
だから、できるだけ客が入らないような
さびれたお店でなければいけない。
そんな店があっただろうか?
と言っても、
そもそも、さびれた店は普段は目に止まらないから、
覚えている訳が無いのだ。
あそこはどうだろう?
駅の地下街から地上に出る階段の途中にある喫茶店。
そういえば、客が入っているの余り見たことが無い。
なんとなく、不潔そうで店の雰囲気も暗い。
もう、この店にかけるしかない。
おそらく、今度の移動が最後のチャンスになるだろう。
私の大腸の中のウンコ野郎は、
早く外に出たいと騒いでいる。
あと数分で、出口は突破されるだろう。
もはや失敗は許されない。
お尻にきゅっと力を入れて、
出口を硬く閉めながら足早で歩く私の姿は、
その余りの不自然さに、
さぞかし滑稽だったに違いない。
一般的に、こういぶ場合に良く言われる表現としては、
ロボットのような歩き方なのだそうだ。
だが、本人は生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ。
ウンコたれの恥ずかしさに比べれば、
屁のようなものだ。
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歩きながら、私の脳裏に最悪のシナリオがよぎった。
もし、あのさびれた喫茶店が、
客が入らなくて潰れていたらどうしよう。
そうなったら、万事急須だ。
ウンコたれでも、クソったれにでもなってやらぁ〜!
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そのさびれた喫茶店は、
私の記憶していたところにまだ残っていた。
しかも、そのトイレは誰も使っていなかった。
私は、店員に、トイレ貸して下さいと告げ、
トイレに飛び込むやいなや、
というより、トイレのドアを開けながら、
ベルトをはずし、ズボンを下ろしていた。
そのすばやさは、スーパーマンがスーツ姿から、
フライングスーツに変身するがごとき。
普段は着替えるのが遅い私には信じられない速さだった。
店内には、予備校性風の男性と、
くたびれた背広を着た疲れた感じのサラリーマンがいたが、
そのなことは御構い無しだった。
便器の上に立つ。
パンツを脱ぎながら、腰を便器の上に下ろす。
その瞬間、私の肛門から
滝のような下痢ピーウンコが噴出した。
間一髪セイフ!
もしかしたら、便器の外に、
ウンコが飛び散っているかもしれない。
だが、それはトイレットペーパーで拭けばいい。
パンツの中に出すのに比べたら、
もう、どこでもOKだ。
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私が、今、こうして、
「ウンコたれ」の文章を書いていられるのは、
「ウンコたれ」にならずに済んだからだ。
それは、あのさびれた喫茶店があったからに他ならない。
私はこの「下痢ピー事件」によって、
あの店のような、
儲かっているんだか、儲かっていないんだか分からない、
儲かっていないはずなのに、なぜ店を続けられるか分からない、
ような怪しい飲食店に対して、
初めて存在意義を感じたのである。
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流音弥
2002年7月13日







