マインスイーパーの無い風景
今日、たった今、マインスイーパーを
私の自宅のパソコンから完全消去した。
「マインスイーパー」とは、
ウィンドウズに標準で入っている
地雷除去ゲームのことだ。
マインスイーパーに代表される地雷除去ゲームは、
ウィンドウズが出現する以前、
つまり、MS−DOSの時代に既に
数多くの種類の派生ゲームが生まれていた。
テトリスと同様、
シンプルでありながら、
非常に奥が深いゲームである。
この1ヶ月間、私は、マインスイーパーにはまっていた。
いや、はまったというよりも、
中毒になっていたという方が正しいかもしれない。
毎日、寝る前に2時間近くマインスイーパーをやっていた。
新記録を更新しないと、悔しくてしかたなかった。
パソコンゲームは、人の貴重な睡眠時間を奪う。
また、他にやりたい趣味の時間を奪う。
パソコンゲームより趣味を優先すればいいだけのことなのだが、
ちょっと気分転換がてらに始めると、もう止まらない。
やめられない。止まらない。
まるで、「かっぱえびせん」のコマーシャルみたいだが、
実に麻薬性の高いパソコンゲームだと言える。
これと同じことが、ファミコンにも言えることなのだろうが、
たかが、マインスイーパーやテトリスごときで、
はまってしまう私にとっては、
決して足を踏み入れてはいけない禁断のゲームである。
だから、ファミコンは「買わない」「買えない」のだ。
そう言えば、7年前、テトリスにはまって、
朝から晩までゲームを続けていたことがあり、
こんなことでは、人生を台無しにする
と、涙ながらに、テトリスを含むパソコンゲームを
全て処分したことがある。
世の中には、ファミコンが大好きで、
時間さえあればいつでもプファミコンをしている子供たち、
学生達、大人達が大勢いる。
別に彼ら・彼女らを責めるつもりはない。
ゲームという架空の世界に入り、
つらい現実から逃避することは、
現代の人間にとってストレス発散法の1つだ。
また、あ最近のCG技術の進歩により、
映画の特撮顔負けの世界がゲームの中で展開されている。
ストレス解消という後ろ向きの目的よりも、
エンターテインメントの1つとして地位を確立している。
ただ、私は、たかがマインスイーパーごときによって
平日の貴重な1時間を失いたくないのだ。
最近、2年ぶりにSAXの練習を再開した。
仕事が忙しい、
彼女と別れたショックでやる気がおこらない、
など音楽を中断していた理由はいくつかあるが、
結局、自分は何をしたいのかを見失っていたのだと思う。
先日、父方の祖母が亡くなった。
出席したお葬式の間、私はずっと一つのことを考えていた。
彼女は、悔いの無い人生を送れたのだろうか?
私は、充実した毎日を送れているのだろうか?
私は、結局何がしたいのか?
私は、何の為に生きているのか?
そう突き詰めて考えていた結果、一つの結論に達した。
私がしたいのは音楽であり、
SAXであり(SEXではない)、
音楽に関わっていたいのだ。
私に残された時間は短い。
いや、私だけではない。
そもそも人の一生は、せいぜい80年と短いのだ。
輪廻転生を繰り返す恵まれた(?)人以外は、
一度きりの短い人生なのだ。
好きなことが出来るのは、
その為の体力・経済・気力が残っているのは、
いったい、何歳までだろう?
だから、私は、
自分がやりたいことをする時間を奪うものを
無駄なものとみなし、除去することにした。
そしてその一つが、マインスイーパーなのだ。
8月20日、
ジャズ・ボサノヴァポータルサイト
「ジャズナビ」を開設したのも、
この一連の流れにある。
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流音弥
2002年8月26日







