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エッセイの書き方

世の中には「エッセイの書き方」なる本があるらしい。

私に言わせれば、「エッセイの書き方」など無い。
気のおもむくままに自由に書けばいいのだ。

この説明だけだと不十分だという方の為に、
「エッセイの書き方」についての「エッセイ」を書くことにしよう。


お決まりの方法だが、
インターネット上にある無料の辞書で、
「エッセイ」について検索してみた。

今は、分厚い辞書が手元に無くても、
インターネットで無料で検索できるから便利な世の中になったものだ。

残念ながら、岩波辞典や広辞苑は、無料では利用できないので、
Yahoo!辞書を使うことにする。
http://dic.yahoo.co.jp/

Yahoo!辞書に収録されている国語辞書は、
大辞泉(小学館)、
大辞林(三省堂)
の2つだが、
言葉の意味・定義を知る上で、
岩波辞典や広辞苑と遜色があるとは到底思えない。

有料性を続けているとそのうち、
大辞泉、大辞林に市場を奪われてしまうのではないだろうか?

さて、エッセイ(エッセー)【essay】とは、

1 自由な形式意見・感想などを述べた散文。随筆。随想。
2 特定の主題について述べる試論。小論文。論説。
  (大辞泉より)

1 形式にとらわれず個人的観点から物事を論じた散文。
  また、意の趣くまま感想・見聞などをまとめた文章。随筆。エッセイ。
2 ある特定の問題について論じた文。小論。論説。
  (大辞林 )

通常、「エッセイ」と言えば、
両辞書における「1」で解説されたものを指す。

これらの定義を見るとわかるように、
エッセイの特徴は、以下の3点に集約できる。

1.自由な形式であること
2.自分個人の意見・感想が書かれていること
3.他人の意見や主張に左右されず自由に書くこと

これらを満たせば「エッセイ」と言ってよい。


ところで、文章の書き方について書かれた本を読むと、

「起承転結」
「だ・である調」か「です・ます調」
「接続詞の使い方」
「句点・読点のつけ方」
「体言止め」
など、

文章を書く上で、知っておいた方がいい、使った方がいい、
様々な「組み立て」「表現法」「定石」が紹介されている。

だが、それらの「文章技術」は、
エッセイを書く上で必須ではない。
使える方がいいこともあるが、
とりあえず「必須ではない」ということだ。

それより大事なのは
「自分が書きたいこと」があるかどうかだ。
書きたいことさえあれば、とにかくエッセイは「書ける」。

本人でさ何を書きたいのかわかっていないエッセイほど、
読んでつまらないものはない。
いくら、「徒然なるままに書く」のがエッセイだからと言って、
読んで訳が分からないのは、
読者にとって「迷惑」以外の何物でもない。

極端なことを言えば、
エッセイに「起承転結」など不要だ。
結論の無いエッセイはたくさんある。
私の好みで言えば、最後に「落ち」をつけることぐらいか。

「です・ます調」、「だ・である調」だって、どちらでもいい。
「だ・である調」だと
尊大だ、押し付けがましい、堅苦しい
という印象が無くもないが、
それは受け取り手の問題である。
自分の主張や意見を書く場合は、
歯切れが良くなるので書きやすかったりする。

逆に「です・ます調」だと、
あたりはやわらかく、読みやすいかもしれないが、
書く方にとっては、少し欲求不満になるかもしれない。
逆に、「です・ます調」の方が、
肩肘に力を入れず素直に自分をさらけだせるので書きやすい、
という人も結構いる。

「接続詞の使い方」、「句点・読点のつけ方」、「体言止め」など、
どんな「文章技術」を使おうが使うまいが書き手の自由だ。

「文章技術」は、
書籍や新聞や雑誌など、
他の人が書いた文章を読んでいるうちに、
知らず知らずのうちに身についているものだ。

文章を書いていると、
知らないうちに自然とそれらの「文章技術」を、
使っていたりするものだ。
素人・アマチュアにも関わらず、
意外とうまい、しかも面白い文章を書く人がいる。
だから、玄人・プロの物書きはおちおち寝ていられない。


エッセイを書くのに「文章技術」はとりあえず不要でも、
やはり、知っておきたい、身につけておきたいという真面目な方は、
「文章の書き方」の類の本を1冊買って、
最後まで読み通せばいい。

こういう「文章技術」 があるんだ
と頭の隅に置いておけば十分だ。

それらの「文章技術」を使って、
問題集か何かで文章の練習してみよう
などとは、決して思っていはいけない。
国語の「作文の書き方」の時間ではないのだ。

まずは、とにかく
エッセイを書いてみることだ。
書きたいことを書き綴ってみることだ。

人を育てる最も効果的な教育研修法が
OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)であると言われるように、
文章を上達するには、ひたすら書くしかない

最後に、
エッセイで重要なのは、何より「個性」だが、
あなたがエッセイで何を書くか
を選ぶ時点で既に「個性」が影響しているし、
それをどのように書くかで自然と「個性」が表れてくる。

文章を書くことは、料理と同じだ。
物書きは、いわば「料理人」だ。


食材を選ぶところから「料理人」の個性が出てくる。
それをどのように切るか、
どのように調理するか、
どんな調味料をかけるか、
どんな食器にもりつけるか、
どんな配置でもりつけるか。
同じメニューの料理であっても、
料理人が違えば同じ「料理」にはならない。

私は個性的じゃないから、
などと言って悲観する必要は無い。
あなた自身の存在自体が既に十分「個性の塊」である。
だから、
「個性的な」あなたから生まれた文章も「個性的」なのだ。

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流音弥
2005年4月11日

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