2) 嫌煙と反煙
私は、タバコの煙が大嫌いだ。
タバコの煙を吸うと、
くしゃみが止まらなくなるし、
目がチカチカして痛くて涙が出てくる。
時には、咳も出る。
まさに、花粉症状態になるのだ。
こんな私の苦しみとはお構いなしに、
道路を私の前を歩きながらタバコを吸う人の
多いことといったら。
排気ガスを大量に垂れ流しながら、
人間の健康汚染と地球温暖化に多大な貢献をしている
自動車と本質的には変わらない。
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さて、今や、「嫌煙」という言葉はすっかり定着した。
主だった辞書には必ず載っている単語だ。
嫌煙(けんえん)
他人の吸うタバコで様々な害を受けることを嫌うこと。
(大辞林第二版より)
(「禁煙」をもじって) 近くで他人が喫煙するのをきらって
拒否すること。「―権」 (広辞苑 第五版より)
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この定義からすると、私は、紛れもなく「嫌煙者」である。
だが、私は「嫌煙」という言葉が嫌いだ。
タバコの煙が苦手な人にとって、
「煙」を嫌うことは、ごく当然のことなのだが、
「嫌う」という言葉自体には、
本人の「嗜好」という意味が含まれている。
つまり、
愛煙=「タバコの煙」を愛すること
と全く同じレベルで、
嫌煙=「タバコの煙」を嫌うこと
が語られているのだ。
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嗜好(好きか嫌いか)というレベルで、
「喫煙問題」が論議されている限り、解決には向かわない。
日本国憲法において、
国民の「嗜好」に関する自由は保障されているからだ。
その観点からすると、
嫌煙者が喫煙者に対して自分の前でタバコを吸うのを止めてくれ
と言っても、止めるかどうかは、喫煙者の自由ということになる。
タバコを吸うのを止めたとしても、それは、
君が余りにも頼むから、
可哀想だから、
しょうがなく、
私は心が広いから、
タバコを吸うのを止めてやったのだ
という、傲慢な気持ちを喫煙者に持たせてしまう。
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ここで大事なのは、
「喫煙」と「嫌煙」が対等な関係では無い
という事だ。
焼き鳥が焼ける臭いは嫌いだけど、
サンマが焼ける臭いは大好き。
頼むから焼き鳥を焼かないでくれ!
という問題とは次元が違う。
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日本国憲法 「第3章 国民の権利及び義務」にて
第12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、
常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第13条
すべて国民は、個人として尊重される。
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、
公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、
最大の尊重を必要とする。
第25条
すべて国民は、
健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、
社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に
努めなければならない。
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実は、タバコの有害性については、
統計学的に(科学的にとほぼ同意である)証明されている。
未だに、自分の嗜好を守るために、
それに対して真っ向から反論する
非科学者(科学的実証を重視しない者)もいるが、
少なくとも、米国においては
現実として、 タバコ会社が裁判で負け、
多額の賠償金を支払っているのだ。
今日までに、タバコの有害性を調べる為に、
動物を用いた実験も数え切れない程行われた。
また、喫煙者と非喫煙者の罹病率(病気にかかる割合)や
肺ガン、循環器系疾患患者の喫煙率も、
各国政府の厚生機関やWHOで調査され、
統計手法を駆使してデータ解析された。
それらの結果、
タバコを吸うこと=健康を害する
ということは、否定できない事実である
ことが定着している。
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つまり、
喫煙はタバコを吸う本人だけでなく、
周りの人の健康を害するという点から、
単なる「嗜好」の問題では済まされないのだ。
むしろ、「公害問題」に近いと言える。
本人はともかく
他人の健康を奪うことは、立派な犯罪行為である。
周りの人の健康を害することは、
「公共の福祉」に反すること
であり、日本国憲法においても、
その場合は、
個人の自由は制限されると規定されている。
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以上の考察から、私は、
単なる「嗜好」をイメージさせる「嫌煙」という言葉ではなく、
「反煙」という言葉を提唱したい。
「反煙」とは、
「タバコの煙」を無理矢理吸わせられる事に対して「反対」を唱え、
喫煙者の行動・態度、タバコ会社の事業、
政府及び自治体の政策に対して
はっきりした意思を示すこと。
そして、それによって、
自分、家族、子孫、友人、日本国民、世界の市民、子孫
の健康の回復・維持・向上の実現を目的としている。
「反煙」は、
「反戦」「反暴力」「反核」「反原発」と相通じるモノがある。
いわば、人権運動の1つだと言える。
他人の健康に対して気を配れない者に、
「反戦」「反暴力」などと唱える資格は無い。
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喫煙問題 関連リンク集:
<健康ナビ>より
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流音弥
2001年12月22日







