つり革と椅子取りゲーム
満員電車でつり革につかまって揺られている時、
最も気合が入る瞬間がある。
電車が駅に止まり、
目の前のシートに座っている乗客が立ち上がった
まさにその瞬間である。
ここでまごついていると、
隣に立っている乗客に席を奪われる可能性がある。
一瞬たりとも気は抜けない。
前の乗客が立ち上がった瞬間に、
乗客が降りる側に身体を45度開き、
それと同時に背中で
斜め後ろ(身体を開く前は隣)に立っている乗客が
横から割り入って「私の前のシート」に座らないように
無言で牽制する。
この時、背中の広い人間ほど防御に有利である。
都合のいいことに、私は若い頃の筋トレのおかげで、
背中は広いほうだ。
バスケットで言えば、ディフェンス、ディフェンス。
背中で相手を押すくらいがちょうどいい。
もちろん、強面(こわおもて)のひとであれば当然有利である。
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ところで、先ほど「45度の角度で身体を開く」と言ったが、
この角度はそれ以下でもそれ以上でもいけない。
もし、身体を開く角度が45度以上、例えば60度であれば、
前に座っていた乗客は
シートに対して60度の方向に進んでくる可能性が高い。
この角度が90度に近くなればなるほど、
私の斜め前(身体を開く前は隣)側に立っている乗客が、
横から割り入ってシートに座る確率が高くなる。
従って、席を奪われることを考えれば、
身体を開く角度は小さい方が良いのだが、
余り小さいと、今度は、前の乗客が降りられなくなる。
それでは余りに可愛そうだし失礼なので、
実際にその場面で身体を開く角度をいろいろと変えてみて、
その時の前の乗客の降り易さを比較検討してみた。
その結果、
45度の角度が倫理的にも防御効果的にも最適である
ことがわかったのである。
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このように、例え目の前に座っているシートが空いたとしても、
全く気を抜けないという厳しい現実があるのだが、
それをさらに複雑化させる不条理な問題がある。
つり革の数は、通常、シートの定員数よりも多いのが普通である。
例えば、9人掛けのシートに対して、
前にぶら下がっているつり革は13本という具合だ。
こうなると、目の前のシートを狙っているのは、
自分だけでなく、両隣に立っている乗客もライバルである。
先のように完全にその席の真正面を陣取っていれば、
さすがに両隣の乗客は遠慮するが、
座っている乗客の前に、
3:7〜7:3ぐらいの比率で2人の乗客が立っていれば、
これはまさに椅子取りゲームだと言える。
しかも、2人で1つの席を奪い合うのだ。
一方の乗客が座ることに対して執着していなかったり、
控えめな性格で奪い合うのを好まなかったりすれば、
話は簡単なのだが、
いつもそういう人と隣になるとは限らないし、
そんな都合の良いことはまず滅多に無い。
という訳で、あとは体力と知力の勝負となる。
体力といっても、
体力まかせに相手を突き飛ばして席に座る
という乱暴な方法ではない。
その後、口論になったり乱闘になるなど、
後味が悪い思いをするのはできるだけ避けたい。
そこで、先にあげたような、
座っている乗客の真正面の場所を確保することに、
最大限の努力と工夫を注ぎ込むのだ。
バスケットボールで言えば、ポジショニング。
そう、ポジショニングで全ては決まる。
座っている乗客の真正面さえ確保できれば、
その乗客が降りる時にその席に座れる確率はほぼ100%。
もちろん、その乗客が最後まで降りなければ、
全ての努力は水泡となって消える。
実は、これが一番悔しかったりする。
では、どうやって、
座っている乗客の真正面の場所を確保すればいいのか?
満員電車では、
ブレーキをかけるたびに群集が前後左右に揺れ動く。
その揺れに乗じて体全体を使って相手を押し、
自分の体が乗客の真正面に来るように、
少しずつ身体を移動させるのだ。
余り露骨にこれをやると気づかれてしまうので、
事は慎重に運ばなければならない。
また、ある程度体力が無いと、相手を押すこともできず、
逆に押され返されて、さらに不利なポジションになることもある。
このポジショニング作戦は、体重が軽い人では難しいだろう。
私は運がいいことに(?)、体重が重い部類に属する。
最近は、さらに体重が増えた為か、
ポジショニングの成功率は非常に高いものとなっている。
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このように、私は日々の満員電車内で、
少しでも体力を温存し、また快適な時間を得るために、
ポジショニングと椅子取りゲームに励んでいる。
だが、これが本来の人間のあるべき生活であろうか?
首都移転が進まない現在、
満員電車がすぐに無くなるとは思えない。
それならば、
せめて、つり革の数をシートの定員数と同じにして、
隣の乗客に席を奪われるといった、
余計な気を使わずに済むようにして欲しいものだ。
つり革の数の方が多いのは、
より多くの人につり革につかまらせてやりたいという、
鉄道会社の親切心から来ているのだろうが、
それが返って新たな争いとストレスを発生させている。
つり革を増やすよりも、車両を増やしなさい、車両を!
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流音弥
2003年6月23日







